妄想夜話 -或いは此れも幸せな日常-

日々の暇に思いついたお話。或いは杉田さんとピンキー達とのあれこれ。
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名も知らぬ君 (前編)
 毎朝、僕は窓から外を見下ろす。
 午前7時45分に家の前を必ず通る、名も知らぬ君を見ることが、僕の日課だった。

 彼女が通っているらしい学校は、電車で2駅ほど離れた、少しは名の知れた私立の女子高だ。それくらいは、彼女の制服を見れば知ることができた。けれど、それ以外の情報を知るすべは、僕にはなかった。
 名前は何ていうのだろうか? 一体何歳なんだろう? 何処に住んでいるんだろう? 家族構成や交友関係は? どんな声で、僕の名前を呼んでくれるんだろう?
 ―――今思えば、たぶん、一目惚れだったんだろうと思う。けれど、それ以上のことを知るきっかけは全く無かったから、僕はこうして毎朝、彼女の姿を見ていたんだ。


     ▼


 それは、先週の金曜日の夕暮れ時。

 時間を持て余していた僕は、散歩がてら、近所の公園へと来ていた。子どもが遊ぶような施設は何も無く、ただ緑とベンチがあるだけの緑地公園。それでも、子ども達の喧騒に巻き込まれることも殆ど無かったし、いつもひっそりとした静寂に包まれている、雰囲気の良い場所。たまに訪れている、僕のお気に入りの場所だった。
 ベンチに備え付けの灰皿を手元に手繰り寄せて、僕はポケットからタバコの箱を取り出した。一本手にとって、右のポケットから取り出した100円ライターを点火した。しゅっという小気味良い音。立ち込める紫煙を横目に見つつ、大きく一口吸って、吐く。
 そんな時、子犬が吠えるような声が聞こえてきて、僕は思わず顔をしかめた。道路沿いの入り口の方から公園へと入ってくる、犬の散歩連れの姿が見えた。西日が逆光になって良く見えなかったが、シルエットから想像するに、おそらく女性だろう。
 その女性は、小犬を繋いでいたロープを近くの木に縛り付けると、自分はベンチへと腰掛けた。キャンキャンと喧しく吠える小犬を、ベンチの背もたれに頬杖をついたままじっと見ている。
 キャンキャンキャンと、あまりにもその小犬が喧しく吠えるので、僕はその場から立ち去ろうと腰を上げかけた。すると、光の加減が少し変わって、その小犬を連れた女性の顔がちらと見えた。瞬間、僕は稲妻に打ち抜かれたかのような衝撃に、身を竦ませた。

 ……彼女は、毎朝見掛ける女子高生だったのだ。

 彼女の少し長めの黒髪が、初秋の涼やかな風に吹かれてふわりと舞った。運ばれてくる甘い香りは、シャンプーの香りだろうか。妙にドキドキしてしまい、僕は下を向いた。
 それ以降は何故かそちらを見ることができず、僕はただ、じっと下を向いていた。やがて日が沈み、街灯に灯が点く。暗がりの中、僕はじっと自分の手を見ていた。隣のベンチに座る彼女も、しばらくずっと動かないでいたのだった。
 やがて、先に動いたのは彼女の方だった。立ち上がる気配を感じて、僕はようやく顔を上げた。彼女が行ってしまう、そのことに気付いて、今更愕然として。それならせめて声を聴いてみたいと、僕はささやかな願いを心の中で呟いた。すると、次の瞬間、

「タロー」

 柔らかな声。僕を蕩けさす、魔性の声。

「もう遅いから、そろそろ帰ろう」

 それは、自分の愛犬に掛けた、何気ない一言。それでも、僕を蕩けさせずにはいられなかった。
 木に結んだロープを解いて、しっかりと掴んだ。それだけで彼女の小犬は理解したらしく、しっかりとした足取りでとことこと歩き始める。僕は今更ながらに視線を上げて、宵闇に消えて行く彼女の後姿を見た。振り向け、と心の中で願ってみた。けれど、彼女が振り返ることは無かった。


     ▼


 それ以後、毎夕のようにその公園に通う僕のことを、人は積極的だと褒めるだろうか。それとも、女々しいと笑うだろうか。どちらにせよそれは、引っ込み思案な僕にとっては、最大限の勇気を振り絞った冒険に違いなかった。

 彼女は、週に2回ほど姿を見せた。曜日は決まっていないようだったので、おそらく毎日違うルートや時間を選択しているのだろう。とは言え、僕にはそこまでの詳しい事情を知ることはできなかったので、全て僕の想像に過ぎなかったのだけれど。
 彼女が公園に来るときは、決まってベンチに座って休んでいた。大体30分ぐらいだろうか、ベンチに座ってぼうっとしている。たまに何かを考えるかのように、顎に手を当てて首を傾げたり、両手で頭を抱えたり、ひざの上で手を組んで視線を落としたりしていた。僕はそれを、隣のベンチから横目でちらりと覗いていた。

 ところが、今日はどうも様子が違っていた。

 いつも連れている愛犬の姿が見当たらない。それに、いつもはシャツにジーンズと言うラフな格好が多いのに、今日は珍しくスカート姿だった。そして、何かを待っているかのように、そわそわと落ち着きが無い。たまに腕時計に視線を落としては、溜め息を吐く。時折、鞄から小さな鏡を取り出して、前髪のチェックに余念が無い。
 もしかしたら誰かと待ち合わせなのかも知れない。僕は、見てみたいけど見たくない、そんな不思議な二律背反に心を奪われた。名前も知らない彼女の一挙一動にこんなにも心を動かされる、僕は何処かがおかしくなってしまったのだろうか?
 しばらくして、彼女は何かに気付いたように、ベンチからすくっと立ち上がった。公園の入り口の方から、一人の男が近づいてきていた。そちらの方へと駆け出していく彼女、それと同時に、僕の鼓動が激しく打ち鳴らされる。彼氏なのかな。それとも、ただの友達なのかな。頭の中で浮かんでは消えていく嫌なイメージを振り払うように、僕はぶんぶんと頭を振った。けれど。

 やがて2人は、どちらからともなく、お互いに手を繋いで。
 その瞬間、名も知らぬ君への、僕の恋は終わったんだ。


     ▼


 ―――その時は、確かにそう思っていた。
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