妄想夜話 -或いは此れも幸せな日常-

日々の暇に思いついたお話。或いは杉田さんとピンキー達とのあれこれ。
CALENDAR
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
RECOMMEND
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
LINKS
PROFILE
OTHERS
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | ↑PAGE TOP
KISS×KISS

 それは、何て事のないある日の風景。


      ▼


「……はぁ」

 溜め息がこぼれる。
 アイドルになって早数ヶ月が経ち、アイドルとしての生活にも随分と慣れてきた。それでもやよいは、レッスンの合間にこんな風に溜め息を吐いてしまうことがある。
 それは何も、アイドルとしての自分に不安や不満があるわけではなくて。

「どうしたやよい、疲れたか?」

 傍らのプロデューサーが、やよいに優しく話し掛けた。

「ここのところダンスレッスンばかりしているからなぁ。次の新曲はダンス中心の元気な曲だから、どうしてもダンスレッスンばかりになってしまうんだけど、やっぱり大変か?」
「いえ、それは大丈夫なんですけど……」

 ダンスレッスンが嫌いではない。アイドルになって、ステージでみんなに歌を聞いてもらえることは勿論嬉しかったけど、歌って踊れるならもっと楽しいし、嬉しいから。

「でも、ここのところちょっと暑くなってきましたから。私、あんまり体力無いみたいです」

 えへへ、と笑って、やよいは手元のスポーツドリンクに口を付ける。

「……まぁそうだよな。確かに最近は少し暑くなってきたし、喉も渇くもんな。よし、休憩にするか」

 そう言って、プロデューサーは周りを見回した。

「そういえば、亜美と真美はどこに行ったんだ?」
「あ、二人なら、喉が渇いたからジュースを買ってくるって言ってましたよ?」
「いつの間にいなくなったかと思えば……俺の分も頼めば良かったなあ」

 ポケットの中で小銭をちゃりんと鳴らしながら、プロデューサーが呟く。

「あ、それじゃあ、プロデューサーも飲みますか?」

 やよいはスポーツドリンクの残量を確かめるように、ペットボトルを軽く振った。

「まだ結構余ってますし」
「え、いいのか、やよい?」
「もちろんですっ。それじゃあ私、コップ取ってきますね!」

 そう言って立ち上がろうとするやよいを手で制して、

「いや、いいよこのままで」
「…………えっ?」

 呆然とするやよいの目の前で。
 プロデューサーは、ペットボトルに口を付けた。

「ぷは、美味いなこれ。ありがとうやよい、助かったよ」
「……あ、はい……えっと……どういたしまして……」
「? どうしたやよい? 顔が紅いみたいだけど」

 呆然とするやよいに、プロデューサーが訝しげな顔を近づける。
 やよいは真っ赤な顔を誤魔化すように、わたわたと両手を振って、

「え、えええっ!? いえ、なんでもないんですっ。本当にっ!」
「? そうか」

 あっさりと顔を離すプロデューサー。
 それを何故か残念に思いながら、やよいは火照った自分の頬を押さえて、高鳴る胸の鼓動の正体をぼんやりと考えていたのだった。




 そんな様子を盗み見る、二人の視線。

「ねえ今の見た、真美?」
「見た見た、見たよー!」
「兄ちゃんってば、チョードンカンだよねー?」
「だねだね。やよいっちってば、固まっちゃってるよ」

 心底楽しそうに笑う、亜美と真美。

「んっふっふ〜。これって、恋のヨカンってやつかな、真美?」
「きっとそうだよー。ねえ亜美、ここは真美たちが、ヒトハダ脱いであげなきゃだねー?」
「おー! 真美ってば、恋のキューピーみたいだねっ」

 くるくると回りながら。
 亜美と真美は、とっても面白いことを思いついたみたいに、やっぱり楽しそうに笑う。

「んじゃ、作戦立てよっか、真美?」
「うん、立てなきゃ立てなきゃー!」


      ▼


「ということで!」

 プロデューサーが休憩を宣言して、スタジオから出て行ったのを見計らって。
 それからやよいの元へ現れた亜美と真美は、こう宣言したのだった。

「ここは真美たちが、やよいっちに恋のABCってのを教えてあげちゃうよ〜?」
「……えーと」

 困惑するような表情を浮かべて、やよいは亜美と真美を交互に見た。
 いかにも楽しいことを思いついたみたいな表情で、いきなり何を言い出すんだろう、この二人は?

「どういうことなのかな……?」

 恐る恐る聞いてみた。

「だから、やよいっちの恋は、亜美と真美におまかせなんだよー!」
「兄ちゃんを見て頬を染めるやよいっち、それはまさしく恋、ってやつなんだよー!」

 ……聞かなきゃよかったかも。

「違うよー。プロデューサーは、だって私たちのプロデューサーだもん」

 そう言って、やよいは曖昧に笑ってみせる。
 何故かちくりと痛む胸のことは、気にしないようにしながら。

「んんー、これはなかなか重症ですな、亜美くん?」
「そうですね真美せんせー。これは即刻治療が必要ですねー」

 でも、この二人には、やよいの主張は届かないらしかった。やよいは大きく溜め息を吐く。

「……そもそも、ABCってなに、真美?」
「んっふっふ〜。まずは、これを見て!」

 そう言って、真美は小さなホワイトボードを取り出した。

「Aってのは、つまりチューのことなんだよ!」

 赤いマーカーで、大きく『A=チュ→』と書いてみせる真美。

「ちゅ……チュー?」
「そうそう。ほっぺにチューとか、さっきみたいなカンセツチューとか。最初のステップ、つまりABCで言ったらAなんだよー!」
「へぇ〜」

 真面目な顔で、思わず大きく頷くやよい。

「おー、真美っち物知りハカセー!」
「ふふー」

 亜美の賞賛の声に、満足そうに頷いてみせる真美。

「じゃ、じゃあBは? Bって、なに?」

 真剣そのものの顔で、やよいが問う。すると真美は、んっふっふ〜、と怪しく笑って、

「それはもちろん、……ねー、亜美?」
「だねー。それはもちろん、カップルになったらする、えっちなことだよー!」
「えっ……えっ、えっ、えっ、ええ〜っっ!?」

 うろたえるやよいの顔を見て、亜美と真美は心底楽しそうに笑った。
 それから真美は、赤いマーカーを取り出すと、ホワイトボードに大きく文字を書いて、

「つまり、Bはブチューのことなんだよ!」

 『B=ブチュ→』と書き加えたホワイトボードを自慢げに掲げてみせた。

「…………え?」

 やよい、フリーズ。

「……あ、ああーっ! うん、そうだよね! そっか、ブチューかあ……びっくりした」

 ほっと胸をなでおろす。

「ん? どうかしたのやよいっち? 顔が紅いけど?」

 不思議そうに首を傾げる亜美と真美。

「ううん、なんでもないのっ!」

 誤魔化すようにわたわたと手を振りながら、やよいは曖昧に笑ったのだった。


      ▼


「ということで!」

 結論。そう言って、真美が亜美の顔を見た。亜美が応えるように大きく頷く。

「やよいっちは、兄ちゃんにブチューってしてもらえばいいんだよ!」
「な―――」

 思わず絶句するやよい。
 一体何を言い出すんだろう。亜美と真美は。

「だってやよいっち、さっきの態度は明らかに恋だったよ?」
「さっきのって……?」
「ほら、兄ちゃんがやよいっちのペットボトルに口を付けたときだよ。やよいっちってば、真っ赤だったもん。ねー、真美?」
「うんうん。やよいっち、ゼッタイに意識してた!」
「だよねー、あれはもう、兄ちゃんにブチューってしてほしいって顔だったよね!」
「そ、そそ、そんなこと……」

 ない、と言おうとして。
 やよいはどうしても、胸がちくんと痛むのを自覚してしまって、やっぱり紅くなってしまう。

「兄ちゃん、頼めばきっとしてくれるよ?」

 無邪気に言う亜美。

「だね。兄ちゃん、いつもやよいっちに優しいもんね」

 ちょっと寂しげに笑う、真美。


 そして、


「お、亜美と真美も帰ってきたか」

 タイミングよくレッスンスタジオに戻ってくるプロデューサー。

「兄ちゃん、おかえりー!」
「待ってたんだよ、兄ちゃん!」

 亜美と真美が、プロデューサーにぎゅっと抱きついた。

「ただいま、亜美、真美。やよい、休めたか?」
「ええっ!? は、はは、はいっ、それはもうっ!」
「?」

 どもるやよいを不思議そうに見るプロデューサー。

「兄ちゃん、やよいっちはね、兄ちゃんにお願いがあるんだって!」

 悪戯っぽく笑いながら、亜美。

「そうだよ! 兄ちゃん、やよいっちのお願い聞いてあげてー!」

 同じく、真美。

「ちょ、ちょっと待ってよ二人ともっ。私、まだ心の準備が……」

 困ったように口ごもるやよい。
 そんな三人の様子に首を傾げながら、プロデューサーはやよいの顔を見て、

「どうしたんだやよい? 何かあるんだったらぜひ言ってみてくれ」

 そう言って、優しく微笑んだ。

 両手をもじもじと動かしながら、顔を真っ赤にして俯くやよい。それを見て、後ろの方でヒューヒューとはやし立てる亜美と真美。

 やがてやよいは、意を決したように顔を上げて、

「ぷ、プロデューサーっっ!」
「ん?」
「あの、そのっ。わ、私に、キ、キ、キ……」
「き?」

 続きを促すプロデューサー。
 もう限界、恥ずかしくて顔から火が出そう―――!


 そして、


「き、今日もレッスンよろしくお願いしますっっ!!」



 亜美と真美が派手にコケた。



「? 今日はもうダンスレッスンをしてるじゃないか」

 そう言って笑うプロデューサー。

「い、いえ、あのその、私、今日はやっぱり、これから歌のほうもレッスンしたいなーって思ったんですっ! ほ、ほら、折角の新曲ですからっ!」
「そうか? まぁやよいがそう言うなら、それでもいいか。亜美、真美、二人はどうだ?」

 プロデューサーが亜美と真美に視線を向けると、二人とも脱力したような微妙な顔をしてみせながら、はーい、と答えてみせる。

「……? どうしたんだ二人とも?」
「べつになんでもないよ……」
「そうか。それじゃ、これからボイスレッスンにしよう。レッスン場が開いてるか確認してくるから、三人はもう少し待っててくれ」

 そう言って、スタジオから再び出て行くプロデューサー。その後ろ姿を見ながら、やよいは安堵の溜め息を吐いた。
 それから、

「ごめんね二人とも。がっかりさせちゃって」

 ぺこり、と頭を下げるやよい。亜美と真美は、思わず顔を見合わせる。

「……んー、でもやよいっちはがんばったよ!」

 ぽん、とやよいの肩を叩く真美。

「そうだよ、やよいっちは勇気出したよ! ちょっと空振っちゃったケド」

 あはは、と笑う亜美。

「ま、今回はまだジキショーソーってカンジなのかな、亜美?」
「仕方ないよね、真美?」

 そう言って、二人はやよいの顔を見た。

 そして、





 ちゅ。





 ―――それは亜美と真美からの、ご褒美のキス。

「……え?」

 戸惑ったように、声を上げるやよい。
 恥ずかしそうに笑う、亜美と真美。


「「次は兄ちゃんから、こんな風にしてもらえるといいね、やよいっち!」」

 ちょっぴり照れた風に、でも楽しそうに、二人は声を合わせて。
 そんな亜美と真美を見て、やよいは今日初めて、心の底から笑ったのだった。


(おしまい)



アイドルマスター やよい&亜美真美SS

 (感想お待ちしております。)
| SS(二次創作) | 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
no title.

 それは、何て事のない日常風景。


        ▼


 梅雨を目前に控えた初夏の候。
 瑞々しく色づいた新緑の香りが風に乗って運ばれてくるのを感じながら、少しだけ傾いた陽を背中に受けて、私たち二人は家路をゆっくりと歩いていた。
 隣には、いつも以上に楽しそうな表情で、ぱたぱたと歩く真琴の姿。今日はいい天気だったから、お弁当を作ってピクニック気分でものみの丘を訪れていたのだけれど、そんな些細な休日の過ごし方が、真琴にとって楽しい出来事だったというのなら、こんなに嬉しいことは無いと思う。

「〜〜♪ 〜♪」

 鼻歌を歌いながら、くるくると回りながら、楽しそうに歩く真琴。

「真琴。そんな風に歩くと転びますよ」

 そう言いながら、それでも私は、真琴を咎める気など全く無かった。
 真琴の楽しそうな様子を見ていると、私にまで楽しい気持ちが伝染してくるような、そんな気がしていたくらいだったのだから。

「美汐もやってみてよ、すっごい楽しいよ!」

 言いながら、真琴は両手を広げてくるくると回る。まるで踊るような、軽やかなステップ。思わず微笑む私。
 私の顔を見て、真琴は幸せそうな笑みを浮かべて、それから、私の手をぎゅっと握った。強く手を引かれて、思わず前につんのめる私。

「ちょ、ちょっと真琴、あぶな―――」
「ほら、美汐も!」

 そう言いながら、真琴は私の手を取って、またくるくると回り始める。そして、ぐるぐると振り回される私。

「きゃああああああああっ!?」

 私が悲鳴を上げるのも構わずに、真琴は楽しそうに私のことを振り回してくれる。

 それはもう、すっかり慣れてしまったいつもの光景。

 ―――と、不意に真琴は、何かに躓いたようにバランスを崩した。

「……あぅ?」

 前のめりに倒れそうになる真琴。私は慌てて、真琴を助けようと手を思い切り引っ張って。けれど、遠心力が掛かった私の身体は、真琴の倒れそうな身体を支えることはできなかった。


 どてん。


 結局は真琴に巻き込まれるようにして、二人一緒に転んでしまう。

「……あぅぅ……」

 呻き声を上げる真琴。私は慌てて立ち上がると、真琴の身体を抱き起こした。

「大丈夫ですか真琴? 怪我は?」
「えっと……うん、だいじょうぶ」

 そう言うと真琴は、ぴょんっと勢い良く立ち上がって、それから、

「あぅ……ごめんね、みしお?」

 恐る恐る、上目遣いでそう訊いてくるものだから。
 私は思わず抱き締めてしまいたくなる衝動を必死に抑えながら、静かに溜め息をついて、

「いいんですよ、真琴。次からは気をつけてくださいね」

 そう言って、少し汚れてしまった真琴の顔を右手でぐいっと拭った。

「……今日は随分歩きましたから汗をかきましたし、ずっと外にいて身体も汚れてしまいましたから。帰ったらすぐにお風呂にしましょうね、真琴?」
「うんっ!」

 笑顔で頷く、真琴。
 この笑顔が見られただけで、些細なことはどうでもいいと思うようになってしまった私は、そんな自分の心境の変化に驚きながらも、決して嫌だとは思わない。
 だってこれも、真琴が私にくれたものだから。


     *     *     *


 そんな帰り道の途中。

「ね」

 真琴が不意に足を止めて、私の袖をくいと引っ張った。

「どうしましたか、真琴?」

 私が真琴を見ると、その顔に浮かんでいたのは、驚きの表情。それから真琴は、右斜め前方に指を向けて、

「みしおー、あれはなに?」

 真琴が指を指している方向を見ると、そこには大きな煙突が立っている。
 少しずつ日が落ちてきた夕暮れの町に映えるその姿は、紛れも無く―――。

「あれは、銭湯というものですよ」
「せんとう? 誰が誰と戦うの? 祐一?」
「“戦闘”ではありません。“銭湯”です。……そうですね、大勢で入る大きなお風呂、ですよ」

 私がそう説明すると、途端に真琴は、大きな目をいつも以上に輝かせて、

「大きなお風呂? そんなに大きいの? 美汐と一緒に入れるくらい?」
「ええ、もちろん。私と真琴だけではなくて、もっとたくさんの人数で入れるくらい大きいお風呂です」
「本当に? じゃあ、名雪も秋子さんも祐一も、みんなで入れるのっ?」

 キラキラと輝く真琴の瞳。私はこほん、と咳払いして、

「相沢さんは殿方ですから別ですが……そうですね、みんなで入れますよ」
「本当っ!? へぇーーーーーーーーっ」

 まるで楽しいことを見つけたかのように笑う真琴。そんな真琴を見て、私は、

「……それじゃあ、行ってみましょうか?」

 瞬間、真琴ははち切れんばかりの笑顔を私に向けた。

「やったー! 美汐、大好きっ!」


        ▼


 残念なことに、名雪さんの家は留守にしていた。そのことは私にとっても残念だったし、真琴にとっては言わずもがなだろう。
 けれど、真琴はそれでも銭湯が楽しみで仕方が無いらしかったから、私たちは予定を変更することなく、二人だけで銭湯へと向かうことにした。

 楽な格好に着替えて、サンダルを突っかけて、洗面器にお風呂道具を入れて、背中には下着の入ったリュックサックを背負って。真琴は、先ほどものみの丘に出掛けた時と同じか、それ以上の笑顔で、銭湯への道程を軽やかに歩く。
 その隣を歩く私の手を、しっかりと握って。

 私の家から歩くことしばし。私たちは、銭湯の暖簾の前へと到着した。

「わぁ……!」

 目を輝かせる真琴。みんなで来れなかったことは残念だったけれど、そんな残念さは、銭湯に到着した時点ですっかり霧散してしまったようだった。私はこっそりと安堵の溜め息を吐くと、

「さあ、入りましょうか」
「うんっ!」

 暖簾を潜った真琴は、まずその大きな脱衣所に驚いていた。あちこち走り回っては、興味深そうにきょろきょろと視線を動かしている。

「あまり走り回ると、また転びますよ、真琴」

 嗜めるように言ってから、私は番台に料金を支払って、それから手近の脱衣かごを弄っていた真琴を見た。

「……どうしたのですか、真琴?」
「みてみてみしおっ! これこれっ!」

 真琴はそのかごの中から、一枚の布を取り出した。

「すっごいおっきいよ、これっ!」

 そう言って自分の胸に当てて見せたのは、大きなサイズのスポーツブラ。

「おっきいねこれ! 真琴の胸じゃあぶかぶかー!」

 真琴の胸でぶかぶかなのだったら、私が着けたらさぞかし……。
 ―――こほん。

「……それはいいですから、早く服を脱いで。先に行きますよ、真琴?」
「あっ、ちょっと待って美汐、今脱ぐからっ!」

 スポーツブラを放り出して、真琴が慌てて服を脱ぎだした。私は軽く嘆息して、真琴が脱ぎ散らかした服を片付けながら、先ほどのブラをちらり、と見る。
 思わず、溜め息。

「かんりょー! ……あれ、どうしたの美汐?」
「……いえ、何でもありません」

 真琴にそう答えてから、私はそのスポーツブラを、元のかごへそっと戻しておいた。

「では行きましょうか、真琴」
「うんっ!」

 元気良く答えると、真琴が浴場の扉をがらがらと開けた。同時に、

「おーーーーっ!」

 歓声を上げる。
 何かに感動したかのように大きく目を見開いた真琴は、次の瞬間には湯船へと駆け出していた。

「ちょっと、待ってください真琴っ」
「うわーーーーー……わ?」

 湯船に飛び込もうとする真琴の腕を慌てて掴む。間一髪。

「―――真琴」

 思わず知らず、声に怒気が混じる。そんな私の感情に反応するように、真琴がびくっと身体を揺らした。

「……あぅっ」
「そこに座りなさい」
「あうぅ……」

 その場でぺたんと正座する真琴。
 私はこほんと咳払いをして、

「いいですか、真琴。ここは銭湯です公衆浴場なのです。家のお風呂ではないのですから他にも利用している人はいるのですよ。周りを見てください私たちだけではないでしょう。それがなんですか、湯船を見るや否やいきなり駆け出し、あろうことかいきなり飛び込もうとするなんて。もし真琴が湯船に飛び込んでいたらどうなっていたと思いますか考えるまでも無いでしょう。まず湯船のお湯が大量に流れ出してしまいますし、しかも真琴は今日外出してきて身体が汚れているのですから、真琴が何も考えずにいきなり湯船に入ったら浴槽内のお湯が汚れてしまうことは自明の理でしょう。あくまでも大勢で利用する公共の場なのですから、いち利用者として最低限のマナーは守らなくてはならないのです。楽しいのは分かりますが、これからは場をわきまえて行動しなくてはだめですよ。わかりましたか真琴?」
「……あぅ……」

 真琴から返ってきたのは、気の抜けたような生返事だったけれど、たぶん分かってくれただろう。私はそう思っておくことにした。

「仕方ありません。折角銭湯に来たのですから、私が銭湯の掟を教えてあげます。教えますから、真琴は私の言うことをしっかりと聞いて下さい。いいですか真琴?」
「……あぅ……」

 やはり生返事を返して寄越す真琴。私はしばらく逡巡して、それから軽く嘆息すると、

「マナーを守るのであれば」

 なるべく優しくそう言って、真琴に笑顔を向ける。

「折角の銭湯ですから、楽しみましょうね、真琴」
「! うん!」

 たちまち笑顔になって、真琴が大きく頷いた。

「それでは入りましょうか。私と同じようにしてくださいね。まずは、桶でかけ湯をします」

 私は桶で湯船のお湯をすくうと、自分の身体に静かに掛ける。

「こう?」
「そうです。そんなふうに、『まずは、かけ湯をして身体の汗と汚れを流してから入ること』が大事です。そしたら、次に―――」

 片足を湯船の中に差し入れる。少し熱めのお湯が心地良い。

「こうやって『片足から少しずつ、ゆっくりと静かに湯船に入る』んです。私たちの他にも、湯船に浸かっている人がいますから、絶対に迷惑にならないようにしてください。……どうですか、真琴?」
「あぅ……熱い……」

 顔を歪める真琴。

「最初は熱いかも知れません。でも、『なるべく水で薄めない』ように。この熱さが好きな人もいますからね」

 肩まで湯船に浸かって、大きく息を吐く。



 嗚呼、極楽。


 
 一方、まだ少しだけ顔を歪めたままの真琴は、

「んー……美汐は?」
「そうですね、私もこの熱さは好きです。最近は温めのお湯に半身を浸ける半身欲が主流ですが、こうやって熱いお湯に肩まで浸かって、百まで数えるのが一番です」

 私がそう答えると、真琴は悪戯っぽく笑って、

「美汐……それって、ちょっとおばさんくさ」
「何か言いましたか真琴?」
「……ううんなんでもないよ?」

 視線を送ると、真琴は口を噤んで明後日の方向に視線を泳がせた。思わず嘆息する私。


 まぁ今日のところは許しておきますが。
 でも、次はありませんよ、真琴。


 そんなことを考えながら、私は湯船の中に口元まで沈み込んだ。身体の芯まで暖かくなるような感覚。日頃の疲れも、何もかもが、熱いお湯の中に溶けていくような感覚。味わいながら、私は隣に浸かる真琴を横目で見た。
 その真琴は熱いお湯にも慣れたようで、気持ちよさそうに目を細めている。何処となく微笑ましいその表情に、私は思わず相好を崩した。

「……さて」

 心の中できっちりと百まで数えたところで、私は立ち上がった。隣の真琴も、私に倣って静かに立ち上がる。

「そろそろ身体を洗いましょうか」
「うんっ」

 湯船から出て、それから私たちは、二人並んで洗い場に座る。

「そう言えば、美汐」
「はい?」

 私の真似をして手拭いに石鹸を泡立てながら、真琴は、まるで何かとても面白いことを思いついたかのような顔で、私を見た。

「今日は美汐が、真琴に銭湯の掟をいろいろ教えてくれたけど」
「はい」
「もう一つ、あるよね?」

 石鹸を泡立てた手拭いを持った手をわきわきと動かしながら、真琴がこちらを向く。



 ―――嫌な予感。


「前に漫画で読んだんだ、こういうおっきなお風呂ですること、それは……」

 悪戯っぽく笑って、

「『背中の流しっこをすることっ!』」
「いえ、それは結構です……って、わきゃーーっ!?」

 真琴の手が、私の身体に、触れ、て―――?

「ちょ、まこ、そこ、そこは違……」
「んー?」
「あ、ん、そこはだめ、だめですって、きゃあああっ!?」

 そこは背中ではないし、まして人に洗ってもらうようなところでもなくて、

「ここ? ここがいいの、みしおー?」
「きゃあああああああっ! いやあああああああっ!」


        ▼


「はー。楽しかったねえ、美汐?」

 満足そうな微笑を浮かべて、真琴が言う。それとは対称的に、私は少しだけぐったりしていた。
 最後の方、私はずっと嬌声を上げていたような気がする。そもそも、真琴にされたあれは背中の流しっこではなくて、ただ全身をくすぐられていただけのような気がしてならない。最初から最後まで、明らかに真琴は面白がっていたのだし。


 ―――これは、あとでお仕置きが必要ですか、真琴?


 私が内心でこんなことを考えているとはおそらく露知らず、真琴は無邪気な笑顔を浮かべていた。

「ね、美汐。また行こうね!」

 そんな真琴の笑顔にすっかり毒気を抜かれてしまった私は、その言葉に曖昧に頷いてから、ふと。

 こんな日常がいつまでも続いていけばいいと、心の底から願ってしまって。

 何でだろう、こんなことを思ってしまうのは。そもそも私は、もう既に十分に満たされた。これ以上は望むべくもない。

 ああ、けれど。
 二人で家路を歩きながら、考えることがある。

 あの冬の日々が過ぎ去って、もうどれくらいの時間が過ぎ去っただろう。私たちはこうして、平穏な毎日を過ごしている。それはあまりにもありふれた、平穏な、名前をつけるまでもないような物語。
 あの日々があって、今の物語がある。そしてこれから、この物語の結末がどうなるか、今の私にはまだわからないけれど―――。

 でも今は、結末なんて知らない。
 せめて、この名も無いお話を紡ぎ続けていきたいと、今はそれだけを心から願う。

「? どうしたの、美汐?」

 はっとして、私は真琴の顔を見た。不思議そうに私を見る真琴の顔を見て、私は、思わず笑顔になる。

「……いえ、なんでもないんですよ」

 さあ、帰りましょう。そう言って、私は真琴に手を差し出した。きゅっと、二つの手が繋がる。
 さあ、帰りましょう。私たちの家へ。



 さあ、紡いでいきましょう。今日から先、いつまでもいつまでも、名前も無いこのささやかな物語を。




Kanon まこみしSS

 (感想お待ちしております。)
| SS(二次創作) | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
風邪をひいたら(6) <Kanon・風邪ひきショートSS 香里(+北川)編>
 風邪をひいている時、お見舞いに来てもらえるのは本当に嬉しい。
 来てくれたのが自分の好きなひとだったら、それは尚更のこと。

 好きな人が自分の心配をしてくれている。ただそれだけで、元気になれるから。


     ◇       ◇       ◇


 遠くから、足音が聞こえてくる。
 誰かの足音が、微かに、それでいてハッキリと、聞こえてくる。

「……?」

 風邪でうまく働かない頭を何とか回転させる。
 どうやら、誰かが水瀬家にやってきたらしい。―――珍しいことに。

 この家は来るものを拒まないようなところがあるけれど、それでも、決して人の訪れが多い家ではないのだ。だから、誰かが訪れるのは稀なことだ。

 それはさておき。

 やがてその足音は、徐々にハッキリと聞こえるようになってきた。
 そして足音は、祐一の部屋の前で止まり、

「おーっす、相沢、生きてるか?」
「相沢君、お見舞いに来てあげたわよ」

 ―――祐一は、思わず絶句した。

「何だ、本当に具合悪そうだな。俺はてっきり仮病だろうって思ってたんだけどな」
「何言ってるのよ。名雪も、相沢君が風邪で寝込んでるって言ってたじゃない」
「そりゃそうだけど……水瀬って、相沢を庇うような所があるからなぁ」
「まあね。でも、あたしは栞からも相沢君の病状を聞いてたから……」

 いつものノリで畳み掛けるようにに喋る2人の様子を見て、祐一は、眩暈のする頭を押さえた。ただでさえ熱でくらくらする頭が、今は余計に痛むような気がする。

「ふーん、そうなのか。ところで相沢、具合はどうだ?」
「……頭が痛い」

 違う意味で。

「まだ熱があるのかしら?」

 言って、香里が祐一の額に手を当てた。
 ―――ひんやりとした香里の手の感触に、祐一は思わず、ベッドの上で後ずさる。

「……どうしたのよ相沢君?」
「いや、別に……。香里の手って、冷たいんだな」

 熱に浮かされたように、祐一は呟いた。

「相沢くんが熱いのよ。まだ熱があるみたいね?」
「手が冷たい人は、心が温かいらしいな」
「……何言ってるの、相沢君?」

 それには答えずに、祐一は香里の手を取った。

「香里。ありがとう、わざわざ。香里ってこんなに優しかったんだな」

 瞬間、香里の顔が朱に染まる。

「ち、ちょっとやめてよ、相沢君!……って、何であたしの手を握るのよっ!」
「―――モテモテだな、美坂」
「北川君も、茶化さないでよっ!」

 面白そうに眺める北川に、香里が怒鳴る。
 祐一の手を慌てて振り解くと、香里は盛大に嘆息した。

「はあ……。まったく、どうしたのよ相沢君は?」
「……ごめん。いや、何となく」
「まったく、もう……」

 もう一度、溜め息。

「まあいいわ。相沢君も熱で意識が朦朧としてるみたいだし」
「相沢の場合は確信犯だと思うぞ?」
「北川君は余計なことを言わないで」

 あくまでも茶化そうとする北川に対して、香里は牽制するように睨んだ。
 冷や汗を流しながら、ははは、と北川が乾いた笑い声を上げる。

「それじゃあ相沢、俺たちは帰るからな。早く風邪治せよ」

 軽く手をかざすと、北川がドアを開けた。

「あ、北川くん、先に降りててくれない? あたし、名雪に声掛けてから行くから」
「おう。じゃ、先に下で待ってるぞ」

 言って、ドアを閉める。
 ドアが完全に閉まると、香里は大きく溜め息を吐いた。キッと、祐一を睨む。

 視線の先には、可笑しそうに笑う祐一。

「相沢君。北川君の前でやめてよね、ああいうの」
「別にいいじゃないか。減るものでもないし」

 傍らに立つ香里を左手で抱き寄せて、祐一が香里にキスをする。

「いっそ、北川にも教えてやればいいんだ。俺たちはこういう関係なんだ、ってさ」
「……バカね。そんなこと言えるわけないじゃない」

 恥ずかしそうに香里は呟いた。左手で口元を押さえて、そのままドアの方まで歩いていく。
 その後姿に向かって、祐一が声を掛けた。

「今度は1人で来いよ、香里。名雪も秋子さんもいない時に、さ」
「……そうね。でも」

 頬をほんのりと赤く染めたまま、香里は振り向いた。




「……その時までには、絶対に風邪は治しておいてよね」 




Kanon 美坂香里(+北川潤)SS
| SS(二次創作) | 00:31 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
風邪をひいたら(5) <Kanon・風邪ひきショートSS 佐祐理編>

 夢。祐一は、夢を見ていた。
 風邪でダウンしている祐一を見舞いに、舞が祐一の部屋を訪れる夢。

「うぅ……。舞、頼むから、頼むからそのジャムだけはぁ〜」

 何やらうなされていた。

「ああっ、何でそんなもの振り回すんだ……? うわっ、やめろ、やめてくれぇ〜……」

 本気でうなされていた。

 そんな祐一の様子を傍らで見守っている少女がいた。
 少女―――佐祐理は、しばらく心配そうな顔をしていたが、やがてそっと祐一の手を取ると、満足そうににっこりと微笑んだ。タオルを片手に祐一の汗を軽く拭って、そのまま、祐一の額を軽く撫でる。

「大丈夫ですよ、祐一さん。佐祐理がついていますからね」

 祐一の左手をきゅっと握って、微笑みを絶やすことなく―――。


     ◇       ◇       ◇


 目覚めに際して、祐一が最初に感じたもの。それは、温もりだった。暖かさを伴って確かに感じるもの。それは紛れもなく、自分の手を握る誰かの手の温もり。
 ほっとするような心地良さとともに、祐一はゆっくりと瞼を開いた。

「あ、祐一さん。おはようございますー」

 にこやかに挨拶されて、祐一は一瞬言葉を失った。だが、すぐに気を取り直すと、

「……おはよう、佐祐理さん」

 まだ朦朧とする意識を必死で励ましながら、挨拶を返す。
 そんな祐一の様子を見て、佐祐理は表情を綻ばせた。

「あははーっ。その様子だと、お加減は随分良くなったみたいですね」
「ああ、結構良くなった気がするよ。それより佐祐理さん、いつからここに?」
「えっと……」

 肩から零れ落ちたロングヘアを右手で弄びながら、佐祐理は少しだけ考え込む。

「夕方の4時ごろにたまたま秋子さんとお会いして、その時に祐一さんが風邪で寝込んでいるって教えて頂いたんですよ。それからすぐに来ましたから……そうですね、1時間くらい前から、でしょうか」
「1時間も? ここで、俺のこと看ててくれたの?」

 少し照れた風に顔を赤らめて、祐一が訊き返した。

「そうですよ。祐一さん、うなされてたみたいでしたから、佐祐理がついていてあげようかなって思ったんです」
「佐祐理さん……」

 正直、それはかなり恥ずかしかった。同時に、とても嬉しかったけれども。

「ありがとう、佐祐理さん」
「いえいえー。佐祐理も、祐一さんのお顔をじっくりと見られて嬉しかったですし」
「……え?」

 聞き咎めて、祐一は思わず訊き返した。すると佐祐理は、少しだけ頬を染めて、笑った。

「あははーっ。何でもないですよ、祐一さん」

 祐一は頭の上に疑問符を浮かべたが、取り敢えず訊かないことにした。
 代わりに、もう1つだけ気になっていたことを、佐祐理に尋ねる。

「そう言えば、今日は舞は? 一緒じゃないの?」
「舞は……」

 そこで、初めて佐祐理の表情が曇った。祐一が思わず身を乗り出す。

「舞がどうかしたのか?」
「いえ……実は……」

 困ったような苦笑を浮かべて、佐祐理は言葉を紡ぎ出した。

「……実は、舞も風邪をひいちゃってるんです」
「えっ、舞も?」
「はい……」

 溜め息を吐く佐祐理。それを見た祐一が、はは、と苦笑した。

「……ま、最近風邪が流行ってるしなぁ」
「そうですね。実は、佐祐理もちょっと風邪っぽいんですよ」

 そう言って、佐祐理は困ったように微笑んだ。それを聞いて、祐一の表情が変わる。

「えっ? それじゃ、佐祐理さんも俺の見舞いに来てる場合じゃないだろ!?」
「あははーっ。気にしないで下さい、祐一さん。この通り、佐祐理は元気一杯ですから」
「でも、それじゃあ佐祐理さんが……」

 抗弁しようと、ベッドから起き上がろうとする祐一。それを遮って、佐祐理はベッドに祐一を押しとどめた。

「佐祐理なら大丈夫ですから。今は、祐一さんが、ちゃんと寝ていて下さいね」

 柔らかく、笑う。

「佐祐理の方がお姉さんなんですからね。お姉さんの言うことは、ちゃんと聞かないとだめなんですよ、祐一さん」
「……分かったよ、佐祐理さん」

 観念したように祐一は肯いて、布団に潜り込んだ。
 佐祐理は微笑みを浮かべたまま、祐一の手を握り直す。

「……不思議だな」

 目を閉じて、祐一がぽつりと呟いた。

「ふぇ?」
「佐祐理さんに手を握っていてもらえると、何だか落ち着く」

 ベッドサイドに座る佐祐理を、祐一が見つめる。どきりと、佐祐理の心臓が跳ねた。

「……祐一さんったら、お上手ですね」

 辛うじて佐祐理がそれだけを答えると、祐一はいたずらっぽく笑った。

「やっぱり、佐祐理さんだからかな?」
「そんな……。佐祐理なんか、普通の子よりちょっと頭の悪い、ただの女の子ですよ?」
「……でも、俺にとっては、佐祐理さんは“特別”だから」

 それだけを言うと、祐一は、静かに眠りに就いた。

 祐一が眠ってしまったことを確認すると、佐祐理は優しげな瞳で、祐一を見つめる。

「佐祐理にとっても……“特別”なんですよ、祐一さんは」

 そう呟くと、佐祐理はベッドに手をついて、祐一の顔に自分の顔を近づけた。そして、




 ―――ちゅ。




「……佐祐理は、いつまでも祐一さんの側にいますからね」

 祐一の顔を幸せそうに見つめながら。
 佐祐理は祐一の手を、いつまでも握り続けていた。その温もりを離さないように、ずっと。



Kanon 倉田佐祐理SS
| SS(二次創作) | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
風邪をひいたら(4) <Kanon・風邪ひきショートSS 名雪&秋子編>

『古今東西、制服は殿方の浪漫なんですよ。』

 かつて誰かが言ったことば。
 それは確かに正解のような、でもある意味間違いのような。


 けれども1つだけ、確かに言えることがある。
 それは、男だったら誰もが一度は憧れる、ということだ。


     ◇       ◇       ◇


 夏も終わりに近付いた、9月のとある晴れた日の午後。
 相沢祐一は、かつてない状況に遭遇していた。

 目の前にいるのは、近所でも有名な、水瀬家の美人母子。
 いつもと変わりない、いや、むしろいつも以上の微笑みを浮かべて、風邪で寝込んでいた祐一のベッドの側に、2人揃って立っている。
 そこまでは何ら問題はなかった―――のだけれども。

(……まいったな、これは)

 口には出さずに、祐一は心の中でそう呟く。

「祐一さんは、こういう格好はお気に召しませんか?」
「そうなの? 祐一なら絶対に喜ぶと思ったのに……」

 微かに表情を曇らせながら、名雪と秋子が、着ている服を軽くつまんで見せる。
 2人が着ていた服。それは、看護婦の着るような、いわゆるナース服だった。

「いや、その、嬉しいとか嬉しくないとかじゃなくて……」

 むしろ嬉しかった。軽く悦んだりもした。でも、そういう問題ではない。

「さすがにこの状況はちょっとまずいんじゃ……いろいろと……いいんですか?」
「了承」

 1秒だった。

「気にしなくてもいいですよ。風邪で苦しんでいる祐一さんのためなんですから」

 柔らかく微笑みながら、秋子。

「そうだよ。わたしたちは、祐一のために、看病してあげたかったんだよ」

 とても楽しそうに、名雪。

 祐一は2人を交互に見た。やたらと張り切っているし、とても断れるような状況ではない。
 祐一は軽く嘆息すると、観念したように、

「それじゃあ、お願いします」



 ―――それが、始まり。


     ▼


「それじゃあ、熱を測りますね」

 秋子は祐一のベッドに身体を乗せると、祐一の額に自分の額をこつんと当てた。必要以上に密着してくる秋子の身体。恥ずかしくなった祐一は、視線を下に向けたが、

(うわぁっ!)

 秋子の豊満な胸が視界に入って、思わず声にならない叫びを上げる。

「……だいぶ熱があるみたいですね」

 知ってか知らずか、秋子がさらに身体を密着させてくる。
 祐一は、自分の体温がどんどん上昇してくるのを感じていた。

「暖かくして、水分をたくさん取った方がいいですね。名雪、祐一さんに飲み物を」
「はーい。それじゃあ祐一、わたしが飲ませてあげるね♪」

 言って、名雪はスポーツドリンクの入った容器にストローを差した。

「はい、祐一。お口を開けてね」

 あーん、なんて言いながら、名雪は祐一の口元にストローを運んだ。言われるがままに、祐一は名雪が差し出してきたストローを咥える。

(―――!!?)

 その目の前、すぐ側に、名雪の笑顔。

「……ん? どうしたの、祐一?」

 思わず視線を逸らした祐一に、名雪が不思議そうに訊く。

「照れているのよ」

 ベッドから降りて、冷たい水でタオルを絞りながら、秋子が微笑む。

「そうなの?」

 訊きながら、名雪は祐一の顔に自分の顔を近づけた。
 ますます赤くなる祐一の顔を見て、嬉しそうに。

「ふふっ。祐一、照れてるんだ」
「うるせぇ」

 呻くように、祐一はそれだけを呟いた。視線は名雪の顔から逸らしたままで。それを見ていた秋子が、くすっと、笑みを零す。

「それじゃあ、あとは栄養を摂って、ぐっすりと寝れば大丈夫ね」
「そうだね。祐一、ご飯はおかゆでいいかな?」

 言いながら、名雪が祐一の方を見た。
 祐一は、ぐったりとした表情で、ぽつりと。

「……任せた」
「うん! 任されたよ!」

 相変わらず嬉しそうな表情は崩さずに、名雪が大きく肯く。

「それじゃお母さん、わたし、作ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」

 ぱたぱたと、部屋を出て行く名雪。そんな名雪の様子を見送りながら、部屋に残った秋子に、祐一は尋ねた。

「……その制服、一体どうしたんですか?」
「仕事先から持ってきたんですよ」

 にこやかに、秋子が答える。

「秋子さんって、看護婦だったんですか?」
「それは、企業秘密です」
「はぁ」

 頭の上に疑問符を浮かべる祐一。それを見て、秋子は悪戯っぽく微笑んだ。

「あ、―――ところで、祐一さん」

 ふと。
 急に真剣な顔つきになって、秋子が口を開いた。祐一が、思わず息を呑む。

「……何ですか、秋子さん?」

 祐一がそう尋ねると、秋子は真剣な面持ちのまま頬に右手を添えて、しばらく何かを考えるかのように沈黙した。祐一の表情に緊張が走る。
 そして。



「私と名雪、どちらに食べさせてもらいたいですか?」


     ▼


「はい祐一、あーん☆」
「次は私ですね。祐一さん、あーんして下さい♪」

 何故かナース姿で、甲斐甲斐しく世話をしてくれる、秋子と名雪。結局どういう結論に至ったのか、2人で一口ずつ交互に、祐一へとおかゆを食べさせている。

 祐一は、そんな2人から視線を逸らせると、こっそりと溜め息を吐いた。

(―――これって、天国なのか、それとも地獄なのか……)



 他の男が聞いたら怒り狂いそうなことを考えながら。
 祐一はもう一度、今度は大きく嘆息したのだった。




Kanon 水瀬名雪&水瀬秋子SS
| SS(二次創作) | 00:31 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP